作り帯は、厚紙みたい

お誕生日だったけどお誕生日なことを誰にも言わずにご飯に行って、はやく帰りたいことを主張することもできず、たいして食べたくもないご飯にお金を払い、帰りも遅くなり、帰りの電車でギャルに足を踏まれた。電車を降りたらギャルが追いかけてきて、ごめんなさいと言いながらお茶のペットボトルを差し出すので、そんなんで許してたまるかと思ったし要らないから受け取らなかった。

 

おめでとうの数が人徳ならわたし友達少ないなって思うし、かといっておめでとうを言ってくれたひとがとても親しいかと言われれば決してそんなことはなくて、おめでとうって結局のところ、おはようございますのものすごくタイミングの良いバージョンみたいなものなんだろうと思った。夜になって、朝がきたから、おはようございますって言う。そのくらいだ。だから、わたしがひとつ歳をとることは、地球の自転のようにシンプルで奇跡的で、些細なことだ。たいしたことじゃない。だから電車で足を踏まれたのが今日だったとしても、わたしが生まれた時間なんて誰も覚えていないし、わたしが呼吸を始めたときから計る時間なんえ、地球の自転より曖昧だ。初夢が、お風呂に入る夢とか、雨の中ツェルトを張って寝る夢とか、そんなのは関係のないことだ。唯一ちがったことは、今日は昼間に眠たくならなかったこと。