3/22梅干しの種を抜く

トイレットペーパーの芯を抜く。お菓子の箱や袋は必ず捨てる。食べる回数と日数を計算して、食べることを当たり前のこととして空気に触れさせていく。歩くために捨てる。

 

長く歩くことは潔いことだし、自分ごと逞しく大きくなった気持ちになる。明日も明後日も、明々後日も、わたしはご飯を食べるだろう。そのための食糧とお水と、そして排泄。

 

お化粧も、可愛い服も靴も要らない。わたしはわたしの魂を実感する。他者が介入することのできないわたしだけの感覚が、体の隅々まで満ちていく。いつだって自分の声が久しぶり。

 

歩いて、食べて、地図を読んで、排泄と、お水を汲むことと、寝ることだけを考える。空気が冷たくなったら眠る。

 

深夜に起きられたら星を見る。遠くの空に雷が鳴って明るくなっているところが見える。ときどき雨がテントを打つ音がする。虫の羽音もする。

 

空が白んできたら起きる。まだ薄暗い、朝の清潔な空気のなかで、ひんやりした風に頬と鼻先を冷やす。朝がきたことにほっとして、繰り返す地球のリズムに手を合わせる。灯りのついたテントがひとつふたつ増えて、同じように活動を始めるひとたちの影が見える。

 

焦ったり、苦しかったり、迷ったり、何やってんのかバカらしくなる。なのに、顔だけ笑ってたり、嬉しくて声が出たり、見惚れたり、安心したり、世界があんまり美しいので、涙が出たりする。知らないひとがくれた梅干しが、世界一のご馳走に感じたりする。感覚のすべてが研ぎ澄まされてシンプルに、わたしの体が生きていることを教えてくれる。

 

ときどき、帰るお家やお母さんや犬のことを考える。帰ったら、大冒険のことをどうやって話そうか考えると、自分はどうやったって1人になんてなれないことを思い知らされる。

 

1人では生きていけないよ。でも、わたしには愛してやまない景色があるんだ。それは希望だったり苦痛だったり、単純なものではないけれど、だからこそなおさら心の中に深く刻まれてしまう。

 

今年もたくさん、たくさん、たくさん、いい山に登れますように。